嘉祥寺跡
「吾妻鏡」によると、二代基衡が建造を開始し、三代秀衡が完成させた御堂で、その前身は慈覚大師開山までさかのぼり、寺号は開山時の年号に由来する。
本尊は丈六の薬師如来で、建物の規模は、正面七間、側面六間で、左右に廟があり、金堂円隆寺とほぼ同じであり、壁や扉には法華経の教えが描かれていたという。
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