岡豊城

詰丿段


眺め 二丿段 堀切

詰下段 土塁 礎石 詰丿段

土塁 三丿段 三丿段石垣 虎口

空堀 竪堀 竪堀 伝厩跡曲輪

竪堀 虎口

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名称 おこうじょう
所在地 南国市岡豊町
種類 平山城
遺構 郭、井戸、石垣等
築城年
築城者
駐車場 有り・無料
関連リンク 南国市
地図





この城は、四国を平定した長宗我部氏の居城として有名。
長宗我部氏は鎌倉時代に地頭として土佐へ入国したとされ、それ以後、長岡郡を中心に勢力を広げ、戦国大名へと成長していった。
築城時期は13〜14世紀ころと考えられている。
「土佐物語」によると16世紀の初頭に一度落城したと伝えられており、その後、国親により永正十三年(1516)に再興され、天正十六年(1588)に元親が大高坂城(高知城)に移転するまでの、約七十年間に渡り居城として使われていたとされている。
城は、詰(主郭)を中心とする本城といわれる部分と西の伝厩跡曲輪、南斜面の伝家老屋敷曲輪の二つの出城からなる連郭式の構造となっている。
本城は詰と、堀切によって隔てられた二丿段、詰の南から西にかけて周囲を取り巻く三丿段・四丿段からなり、虎口は西部に造られている。







訪問記・平成15年3月22日

ここは念願でした。
長宗我部氏が本拠とした城ですから、四国に行った時は必ず行こうと思っていました。
現在城跡に県立歴史民族資料館が建っています。
城跡は程よく整備されていて、見やすいです。
ただ、どれが現存でどれが復元された遺構なのか分からないのが残念です。
私が岡豊城に着いた時はものすごい嵐で、しばらく様子を見ようかと思ったのですが、次の予定もあるので、仕方なく嵐の中見学しました。
雨と風の中、傘をさして片手でカメラを構えて写真を撮ったので、写真の手ブレはご了承下さい(^^;
道路沿いに岡豊城の案内標識はありませんので、歴史民族資料館を目指して下さい。





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