上田城

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(2007年10月4日写真を入れ替えました)

石垣の写真



名称 うえだじょう
所在地 上田市二の丸
種類 平山城
遺構 櫓、堀等
築城年 天正十一年(1583)
築城者 真田昌幸
駐車場 有り(無料)
関連リンク 上田市
地図





天正十一年(1583)戸石城を居城としていた真田昌幸が築城し、居城とする。
真田家はこの城で二度徳川勢を迎え討ち、二度とも勝利して名門の名を残す。
関ヶ原の合戦後は西軍に属した昌幸、幸村父子は紀伊九度山に流刑となり、昌幸の旧領すべては東軍に属した信幸に与えられ、その居城となる。
元和八年(1622)信幸は松代に転封となり、代わって仙石忠政が六万石で入城。その後松平氏に代わって、宝永三年(1706)再び仙石氏が入るが城普請は最小限に抑えられ、本丸に七基の櫓を持つに留まり、天守閣は一度も作られなかった。
城内には「真田石」と呼ばれる巨大な石垣の石があり、信之が松代に転封になる時家宝として持って行こうとしたが微動だにしなかったと言う逸話がある。
明治維新後、西櫓を除く六基の櫓が売却されたが、昭和十九年に南櫓と北櫓が買い戻され現在三基の櫓が存在する。







訪問記・平成12年9月16日

石垣・櫓を見た所で雨が降ってきてしまい断念、すべてを見る事が出来ませんでした。
櫓直下の石垣はみごとでした。一部補修されたと思われる部分がありましたが、良く残っています。
しかし城跡内には競技場や学校などの施設が多く、残念です。
ここはまた日を改めて行こうと思います。





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